東京地方裁判所 平成10年(ワ)7725号 判決 1999年8月27日
原告
オリックス・クレジット株式会社
右代表者代表取締役
丸山博
右訴訟代理人弁護士
木村裕
同
山宮慎一郎
同
小池和正
同
林彰久
同
池袋恒明
同
池田友子
同
稲田龍示
被告
平間亮三
右訴訟代理人弁護士
米川長平
同
渕上玲子
同
加藤俊子
同
松江頼篤
同
津田和彦
同
松江仁美
同
塚田裕二
主文
一 被告は、原告に対し、金一一五六万六二〇〇円及びこれに対する平成七年八月四日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
三 この判決は、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一 請求
主文同旨
第二 事案の概要
本件は、割賦購入あっせんを業とする原告が、ゴルフ会員権クレジット契約に基づき、顧客である被告に対し、分割弁済金残額及び商事法定利率による遅延損害金の支払を請求したのに対し、被告は、原告との間で締結したクレジット契約によって取得したゴルフ会員権については、ゴルフ場が完成予定時期を大幅に過ぎているのに完成していないという事情があるから、クレジット契約に定められた支払停止事由が認められるとして争っている事案である。
一 争いのない事実等(証拠等により認定した事実は、当該証拠等を末尾に掲記した)
1 原告は、割賦購入あっせん業を目的とする会社である。
2 原告は、平成二年二月六日、被告との間で、概略次の内容のゴルフ会員権クレジット契約(以下「本件契約」という)を締結した。(甲一号証、六号証の1、2、弁論の全趣旨)
(一) 被告は、原告に対し、被告が訴外株式会社真里谷(以下「真里谷」という)の経営する「ゴルフ&カントリークラブグランマリヤ」(以下「本件ゴルフクラブ」といい、このゴルフクラブのゴルフ場を「本件ゴルフ場」という)の個人正会員権(特別縁故会員、以下「本件会員権」という)を購入するに当たり、その代金一六〇九万円から申込金三〇九万円を控除した残金一三〇〇万円についての真里谷に対する支払債務について、保証することを委託(実質は支払委託)し、原告はこれを受託する。
(二) 被告は、原告が右残金を代金決済日に、被告の保証人として真里谷に代位弁済することを承認する。
(三) 被告は、原告に対し、原告が前項により代位弁済した残金に分割払手数料五七五万九〇〇〇円を加算した一八七五万九〇〇〇円を、平成二年四月一〇日を第一回とし、以後毎月一〇日限り一二〇回に分割して一五万六三〇〇円宛(但し、第一回のみ一五万九三〇〇円)支払う。
(四) 被告が支払期日に分割払金の支払を遅滞し、原告から二〇日以上の相当期間を定めてその支払を書面で催告されたにもかかわらず、その期間内に支払わなかったときは期限の利益を喪失する。
3 原告は、平成二年二月一四日、本件契約に従い、被告が購入した本件会員権の残代金一三〇〇万円を真里谷に代位弁済の形で立替払をし、被告はそのころ、真里谷との間でゴルフクラブ入会契約(以下「本件入会契約」という)を成立させて、本件会員権(特別縁故会員)を取得した。
4 原告は、被告の平成六年二月一〇日に支払うべき分割払金の履行期が経過したので、平成七年七月一三日到達の書面で、被告に対し、二一日の期間を定めて、右履行を催告した。
5 二一日の期間である、平成七年八月三日が経過した。
(以上、1ないし5の事実により、原告の請求原因事実は理由があることになり、期限の利益を失った時点である平成七年八月三日時点の原告の被告に対する残分割払債権額は一一五六万六二〇〇円(甲二号証の1、2、弁論の全趣旨)であったということになる。)
6 真里谷は、平成二年三月、本件ゴルフ場の工事に着手したが、その後、被告らから集めた募集金額(入会金及び預託金)を本件ゴルフ場の建設資金に充てるのではなく、株式投資をはじめとする本来の目的外に流用するという杜撰な経営をした結果、事実上倒産し、平成六年一二月二日、東京地方裁判所で、会社更生開始決定を受けた。こういうこともあってか、本件ゴルフ場の工事は、平成四年三月、いわゆる荒造成段階で停止したままである。真里谷は、約定期限である平成四年度完成予定を大幅に遅れてもなお本件ゴルフ場を建設しておらず、現在に至っても本件ゴルフ場建設の目処は立っていない(以下「ゴルフ場開場の著しい遅延」と略称する)。このため、被告は、購入した本件会員権で、プレーができない状態である。(弁論の全趣旨)
7 ところで、本件契約書の第一〇条(1)には、購入者は、左記の事由が存するときは、その事由が解消されるまでの間、当該事由の存する商品について、支払を停止することができる旨規定されている(以下「本件特約」という)。
記
(一) 商品の引渡しがなされていないこと(以下「本件特約①」という)
(二) 商品に破損、汚損、故障、その他の瑕疵があること(以下「本件特約②」という)
(三) その他商品の販売について、販売会社に対して生じている事由があること(以下「本件特約③」という)
二 争点
本件ゴルフ会員権の販売会社である真里谷のゴルフ場開場の著しい遅延は、本件特約①ないし③に該当し、被告は、原告に対し、支払停止の主張をすることができるか(被告の抗弁)。
(被告の抗弁の要旨)
1 本件特約①ないし③を解釈、適用するに当たっては、この規定が、昭和五九年の割賦販売法の改正によって、同法三〇条の四として支払停止の抗弁が新設され、それに伴い出された個品割賦購入あっせん標準約款一一条(1)の文言と同じことから、同法三〇条の四の趣旨に準じて解釈、適用するのが相当である。
2 割賦販売法三〇条の四の立法趣旨は、割賦購入あっせん契約の抗弁権の接続は、自社割賦との対比において、消費者が不利な立場にならないために規定されたものである。そうだとすると、クレジット契約における抗弁権の接続が認められるか否かの解釈指針は、現実には自社割賦は行われなかったが、もし行われていたとしたらという仮定に基づいて、販売会社に対し主張できる抗弁があるかどうかという点をまず考え、販売会社に対し主張できる抗弁は、クレジット会社にも主張できるとすべきである。
3 これを本件についてみるに、販売会社真里谷にはゴルフ場開場の著しい遅延があり、被告に対する債務不履行があることは明白である。被告は右債務不履行から、真里谷に対し、同時履行の抗弁権又は不安の抗弁権を有することになる。すなわち、被告の入会金、預託金(以下「預託金等」という)の支払義務と真里谷の優先的施設利用提供義務とは双務関係に立つところ、ゴルフ場の完成予定時期が到来した場合、右期日以後に期限が到来する預託金等の割賦金支払義務については、同時履行の抗弁権を理由にして、支払停止の抗弁を主張できる(真里谷の被告の預託金等の支払が自社割賦と仮定した場合の理論)。また、仮に、預託金等の支払義務が優先的施設利用提供義務より先履行の関係にあったとしても、優先的施設利用提供義務が約定時期に至っても履行されていない場合には、会員側の主たる義務である入会金等の割賦支払義務に影響を及ぼし、右優先的施設利用提供義務が提供されるまでの間、履行を拒絶するという不安の抗弁を行使しうる。
4 以上のとおり、被告は、真里谷に対し、自社割賦であれば、真里谷のゴルフ場開場の著しい遅延により、ゴルフ場の完成予定時期以降の割賦金支払について前記3のとおり支払を拒絶できるのであるから、抗弁権の接続規定のある以上、販売会社に主張できる抗弁はすべてクレジット会社である原告に対しても主張できるのであり、真里谷のゴルフ場開場の著しい遅延という事由は、結局、本件特約の①ないし③に該当する。
(原告の反論の要旨)
1 被告は、割賦販売法三〇条の四の趣旨を自社割賦との対比で捉えるが、確かに、自社割賦の場合には、会員はゴルフ場開場の著しい遅延をもって、ゴルフ会員権販売会社に対し、割賦金の支払を拒絶できるが、だからといって、そのことをもって、何故、割賦購入あっせんの場合のあっせん業者にも対抗できるのかについては具体的な論拠が示されておらず、そこには論理の飛躍があるというべきである。
2 本件においては、購入者である被告と販売会社である真里谷との間で成立したのは、売買契約ではなく真里谷が建設を予定していた開場前のゴルフクラブへの入会契約であり、また、被告が割賦購入あっせん業者である原告から入会金及び預託金の一部の立替払を受けて取得した本件商品は、右ゴルフ場のゴルフ会員権という債権契約上の地位である。したがって、本件特約①ないし③を解釈、適用するに当たっては、指定商品の売買契約の存在を前提にした割賦販売法三〇条の四の議論をそのまま適用することができず、指定商品の売買契約とゴルフクラブの入会契約の差異等から同法三〇条の四の議論を修正する必要がある。
3 本件契約において、被告は、ゴルフクラブに入会するための預託金等の融資を受ける目的で、割賦購入あっせん業者である原告と立替払契約を締結し、その立替払を委託しているに過ぎない。被告は、本件会員権を取得したことにより原告と立替払契約を締結した目的を達成しており、それ以上に取得したゴルフ会員権に基づく権利をゴルフ場経営者である真里谷に代わって実現してもらうことまで期待しているとは考えられない。
また、原告としては、ゴルフ会員権の募集段階では、真里谷の行う募集活動について指導監督を行うことは不可能ではないが、会員募集及び入会手続が完了した後に至っては、真里谷のゴルフ場経営について継続的に監督できる立場にはない。その意味で、割賦購入あっせん業者である原告が真里谷と同様の責任を負担する根拠が認められるのは、会員募集当時、およそ真里谷がゴルフ場を開場させる可能性がないのに会員募集を行った場合に、原告がその客観的な状況を知り又は知りうべき立場にあったときに限られるのであり、その後真里谷の経営及び経済状況の変化によって、相当な期間内の開場が困難になったとしても、原告が真里谷と同じ責任を負わなければならないという根拠はない。
以上のような点を考慮すると、開場前のゴルフ場のゴルフクラブに入会した会員(被告)は、販売会社(真里谷)に対し有している入会契約上の事由をもって当然に割賦購入あっせん業者(原告)に対抗できるわけではなく、一定の事由に限定して対抗を認めるべきである。具体的には、割賦購入あっせん業者である原告が、割賦購入あっせん取引上、被告の本件会員権取得のための入会金及び預託金の金融を行っているにすぎないことからすると、「本件会員権取得について」、販売会社である真里谷に対して生じている事由に限り、原告への対抗が認められるとすべきである。
4 前記3を前提に、本件特約の各号の適用範囲を考えてみると、次のとおりである。
(一) 本件特約①の「商品の引渡しがなされていない」とは、本件会員権が取得できなかったことをさすところ、被告は本件会員権を取得している以上、「商品の引渡し」はされている。
(二) 本件特約②の「商品に瑕疵がある」とは、被告が本件会員権を取得した時点で、被告の契約上の地位に瑕疵があることをさすところ、被告は本件ゴルフクラブの会員たる地位を取得しており、真里谷に対し本件ゴルフ場の施設利用を求めることができるから、被告の取得した「商品に瑕疵」はない。
(三) 本件特約③の「商品の販売について販売会社に生じている事由のあること」とは、本件会員権の取得について販売会社に生じている事由があることと解される。具体的には、真里谷が、被告が入会する時点で、当時の真里谷の状況から考えて、本件ゴルフ場がおよそ開場する状態にはないのに会員募集を行ったような場合がこれに当たる。本件では、被告が入会したときにはそのような事情が存在することは認められず、したがって、その後の真里谷のゴルフ場開場の著しい遅延行為をもって、割賦購入あっせん業者である原告に対抗することはできない。
第三 争点に対する判断
一 本件の争点は、本件会員権の販売会社である真里谷のゴルフ場開場の著しい遅延が本件特約①ないし③に該当し、原告に対する支払停止の抗弁とすることができるかという点にある。そして、これまで、本件と同一の事案、争点について、幾多の判決が出され、本件の争点については、論議がつくされた感がある。これらの判決の中で、当裁判所は、東京高裁第五民事部平成一〇年四月二七日判決(甲五号証)、同第八民事部平成一〇年一一月一九日判決(甲一三号証)、同第一二民事部平成一一年六月三〇日判決(甲二二号証)が示した解釈、判断の枠組みが正当と考え、これに従うものである。以下、争点に対する判断の概要を説示することにする。
二 本件契約の内容、本件会員権の性質等
1 前記第二、一記載の争いのない事実等に甲一号証、六号証の1ないし5、八ないし一〇号証、乙一八、一九号証及び弁論の全趣旨を併せ勘案すると、次の事実が認められる。
(一) 真里谷は、本件ゴルフ場の建設を計画し、次のような内容で、本件グルフクラブの会員を募集した。正会員については、① 特別縁故会員は、募集期間平成元年一一月二〇日から同月三〇日まで、募集金額一六〇〇万円(入会金三〇〇万円、預託金一三〇〇万円)、② 縁故会員は、募集期間平成元年一二月一日から平成二年一月三一日まで、募集金額二三〇〇万円(入会金四〇〇万円、預託金一九〇〇万円)、③ 第一次募集会員は、募集期間平成二年三月一日から同年八月三一日まで、募集金額三〇〇〇万円(入会金六〇〇万円、預託金二四〇〇万円)、④ 第二次募集会員は、募集期間平成二年九月一五日から平成三年一〇月三一日まで、募集金額三八〇〇万円(入会金八〇〇万円、預託金三〇〇〇万円)の予定で募集を開始した。
(二) 被告は、前記(一)のうち特別縁故会員として、真里谷と入会契約を締結することにした。そして、被告は、入会にあたって真里谷に支払わなければならない募集金額一六〇九万円(消費税込み)のうち、残額一三〇〇万円について、原告に対し支払委託をするとの本件契約を締結した。本件ゴルフ場は、いわゆる預託金制のゴルフ場であり、その会員となるには、本件販売会社である真里谷に募集金額を支払うことが必要であり、募集金額を支払った上、真里谷の入会の承諾を得ることによって本件ゴルフ場の会員となるものとされている。そして、被告は、募集金額のうち、三〇九万円は自ら支払い、残額一三〇〇万円は本件契約に従い原告に立替払してもらい、真里谷の入会の承諾を得て本件ゴルフ場の会員としての地位を取得した。
2 ところで、預託金制のゴルフ場の会員権は、ゴルフ場及び附帯施設を優先的に利用することができる権利、約定の据置期間の経過後に預託金の返還を請求することができる権利、年会費を支払う義務等を内容とする債権債務関係の複合した契約上の地位であるが、本件ゴルフ場のように開場前のゴルフ場の会員にあっては、ゴルフ場会社に対し、開場予定の時期までに、又はその後社会通念上相当として是認される範囲内の時期までに、ゴルフ場及びその附帯施設を完成させ、これを優先的利用に供するように請求する権利をも有するものと解される。もっとも、この権利は、会員が入会契約により取得した会員としての地位に基づいて有するものであって、この権利を行使するには、前記募集金額を支払った上、ゴルフ場会社の入会の承諾を得て、会員としての地位を取得することが必要である。そして、募集金額の支払は、入会契約上の債務ではなく、入会契約による入会の効力発生の条件であって、会員は、募集金額を払い込み、かつ、そのうちの預託金を無償で一定の期間ゴルフ場会社に利用させる利益を与えることを対価として、その地位を取得するものである。
3 ゴルフのプレーを楽しむことを主たる目的としている者は、既存のゴルフ場の会員権を購入し、メンバーとしての特権を得てプレーを楽しめばよく、あるいは、ゴルフ場にビジターとして訪れ、又はパブリックのゴルフ場を利用すればよいことは自明の理である。ところが、本件のように開場前のゴルフ会員権を取得しようとする者の目的のかなりの部分を、投機的な動機が占めているといえる(弁論の全趣旨)。このことは、前記1(一)でみてきたように、開場前のゴルフ場のゴルフ会員権は、開場予定時より早ければ早いだけ格安なことからもわかる。しかし、安いということは、反面、ゴルフ場が開場されて会員としてのプレー権を行使するのはそれだけ何年も先のことになり、しかも、ゴルフ場の造成が果たして実現するか否かというリスクも背負っていることを意味している。このように開場前の預託金制のゴルフ場の会員権取得には、投機的側面があるので、入会に当たっては、未開場の危険を考慮のうえ、入会の当否を決めることが要請されるところである。
4 なお、本件契約書の契約条項中には、「購入者」、「売買契約」その他既にゴルフ会員権市場で取引の対象とされている開場済みのゴルフ場の会員権の売買契約に伴う購入者の代金支払債務の保証委託に適用することを前提としているかのような文言が用いられている(甲一号証)。そうだからといって、本件契約書の契約条項を、本件のようにゴルフ会員権売買契約を観念できない新規ゴルフ会員権取得の場合には適用すべきではないとまでいうのは行き過ぎである。本件のような開場前のゴルフ場への入会契約に伴う募集金額(入会金及び預託金)の支払についてこの契約条項を適用するについては、「購入者」は「入会者」、「売買契約」は「入会契約」等と適宜読み替えて、これを適用するのが相当である。
三 本件特約の趣旨、解釈の基本指針
1 本件特約、すなわち契約条項第一〇条(1)は、昭和五九年法律第四九号による改正後の割賦販売法第三〇条の四第一項の規定及び右改正法の施行に伴い同年一一月二六日付けで通商産業省産業政策局消費経済課長通達をもって社団法人日本クレジット産業協会ほかの団体に周知徹底が図られた割賦購入あっせん標準約款の第一一条(1)にならって採用されたものである(甲一号証、乙第六号証の3、4)。そして、割賦販売法第三〇条の四第一項の規定は、割賦購入あっせんの方法による商品の購入者が、その商品の販売につき販売会社に対して生じている抗弁事由をもって割賦購入あっせん業者に対抗することを認めた、いわゆる抗弁権の接続の規定であり、割賦購入あっせん業者が使用する標準約款上この抗弁権の接続について具体的に規定したのが右標準約款第一一条(1)である。このことに鑑み、本件特約も、本件契約を利用してゴルフ場に入会しようとする者(被告)が、ゴルフ会員権販売会社(真里谷)との入会契約上生じている抗弁事由をもって割賦購入あっせん業者(原告)に対抗することができることを定めたものである。したがって、被告は、真里谷との本件入会契約上生じている抗弁事由があれば、本件特約により、その事由をもって原告に対抗することができることになる。
そして、割賦販売法がいわゆる抗弁権の接続を認めたのは、購入者を保護する観点から、購入者が割賦購入あっせんの方法によらないで販売会社から商品を購入したとするならば販売会社に対して主張することができたはずの抗弁事由をもって割賦購入あっせん業者に対して対抗することができるものとしたものである。したがって、その抗弁事由は、販売会社との売買契約について生じている事由で、直接販売会社に対して代金を支払うべきものとすれば、その支払を拒絶することを正当化するものがこれに当たると解される。そこで、ゴルフ会員権の購入者(又はゴルフ場への入会者)が本件特約により原告に対して対抗することができる抗弁事由は、購入者(又は入会者)が本件契約を利用することなく販売会社と売買契約(又は入会契約)を締結したとするならば販売会社に対する支払を拒絶することを正当化する抗弁事由でなければならないと解するのが相当である。そして、右抗弁事由に当たるか否かを考えるに当たっては、本件の取引の対象が、開場前のゴルフクラブへの入会契約であり、また、被告が割賦購入あっせん業者である原告から募集金額の一部の立替払を受けて取得した本件商品は、右ゴルフ場のゴルフ会員権という債権契約上の地位であるという特性のあるものであるという点に留意することが肝要である。
2 なお、この点について、被告は、割賦販売法三〇条の四の立法趣旨は、割賦購入あっせん契約の抗弁権の接続は、自社割賦との対比において、消費者が不利な立場にならないために規定されたものであり、そうだとすると、クレジット契約における抗弁権の接続が認められるか否かの解釈指針は、現実には自社割賦は行われなかったが、もし行われたとしたらという仮定に基づいて販売会社に対し主張できる抗弁があるかどうかという点をまず考え、販売会社に対し主張できる抗弁は、クレジット会社にも主張できるとすべきであると主張する。
右のとおり、被告は、被告と真里谷との間の入会契約が自社割賦でおこなわれていたならどうかということを仮定する。しかし、弁論の全趣旨によれば、真里谷は、新規会員を募集して、入会金、預託金を集め、これを資金としてゴルフ場を造成することを予定しており、およそ、割賦による入会は予定していなかったし、実際にも割賦による入会は一件も認めていないことが認められる。そうだとすると、指定商品ならいざ知らず、本件のような開場前のゴルフ会員権の取得については、一括支払が前提であり、そこには自社割賦はおよそ予定されていないのであるから、このことを仮定しての議論は、不適当であり、当裁判所の採るところではない。
四 本件特約①について
本件特約①は、「商品の引渡しがなされていないこと」が支払拒絶の事由になるとしている。前記のとおり商品が開場前のゴルフ会員権であることを考慮すると、この条項は、被告が真里谷から平成四年度に開場予定とされる本件ゴルフ場に関する本件会員権を取得できなかったことをさすと解するのが相当である。これを本件についてみるに、前記第二、一、3記載のとおり、被告は平成二年二月ころ本件会員権を取得しており、そうだとすると、本件特約①に該当する事実は存在しないというべきである。
なお、被告は、本件ゴルフ場の開場が著しく遅延し、会員の優先的利用権が具体化していないことをもって、「商品の引渡しがない」と主張していると解される。しかし、そもそも、被告は、未だ開場していない本件ゴルフ場に入会することを目的として本件入会契約を締結したのであり、被告が本件契約を利用することなく真里谷と入会契約を締結したとした場合に、本件ゴルフ場が開場していないという理由で真里谷に対する支払を拒絶する余地がなかったことはいうまでもない。その後開場が遅延することになったとしても、それは、被告が本件ゴルフ場の個人正会員としての地位を取得するという本件入会契約の目的が達成され、本件販売会社の本件入会契約上の債務の履行が完了した後に生じた事由であって、本件入会契約による「商品の引渡し」がない場合には当たらず、被告の右主張は採用できない。
したがって、被告は、本件特約①によって原告に対する支払を停止することはできないというべきである。
五 本件特約②について
本件特約②は、「商品に破損、汚損、故障、その他の瑕疵があること」が支払拒絶の事由になるとしている。前記のとおり商品が開場前のゴルフ会員権であることを考慮すると、この条項は、被告が本件会員権を取得した時に、既に同会員権に質権が設定されていた場合などその権利行使を妨げる事由があることをさすと解するのが相当である。これを本件についてみるに、本件全証拠を検討するも、被告が、本件会員権取得時に、本件会員権にその権利行使を妨げる事由があったと認めるに足りる証拠は存在しない。
なお、被告は、本件ゴルフ場が完成していないことが「商品の瑕疵」に当たると主張していると解される。しかし、被告は、本件ゴルフ場が未だ開場していないことを承知で本件入会契約を締結したものである上、本件全証拠を検討するも、本件入会契約の締結当時から既に本件ゴルフ場が開場予定の時期までに開場に至らないことが確実である事情があったと認めるに足りる証拠は存在しない。そうだとすると、たとえその後の事情により本件ゴルフ場の開場が遅滞するに至ったとしても、そのことは、既に本件特約①のところで判示したとおり、真里谷の債務の履行が完了し、本件入会契約の目的が達成された後に生じた事由であって、本件入会契約につき真里谷に対して生じている事由ではないから、ここにいう「商品の瑕疵」には当たらないというべきである。
したがって、被告は、本件特約②により原告に対する支払を停止することはできないというべきである。
六 本件特約③について
1 本件特約③は、「その他商品の販売について、販売会社に対して生じている事由があること」が支払拒絶の事由になるとしている。前記のとおり商品が開場前のゴルフ会員権であることを考慮すると、この条項は、被告が本件会員権を取得した時、本件ゴルフ場がその資金計画、用地買収の状況、許可等の状況から合理的に観察する限り、相当な期間内に開場することができない状態であったことなど、入会に当たって真里谷に対して主張し得る事由があることをさすと解するのが相当である。
本件特約③は、本件の最大の争点であるので、なぜ、そのように解するのが相当かについて、別項を設け、文理面、実質面にわたって、検討することにする。
2 本件特約③の文理解釈
「販売について」とは、文理上は、一般に、販売に際して又は販売の時点に近接してと解するのが素直である。また、本件特約③は、条項の構成からして、本件特約①、②を補完するものであるところ、前記四、五記載のとおり、本件特約①、②ともに、本件会員権取得時の事柄を問題にしており、そうだとすると、本件特約③も、本件会員権取得時のことを問題にしていると解するのが自然である。
3 本件特約③の実質面の考慮
(一) 本件においては、購入者である被告と販売会社である真里谷との間で成立したのは、売買契約ではなく真里谷が建設を予定していた開場前のゴルフクラブへの入会契約である。また、被告が割賦購入あっせん業者である原告から募集金額(入会金及び預託金)の一部の立替払を受けて取得した本件商品は、右ゴルフ場のゴルフ会員権という債権契約上の地位である。以上のことを念頭において、原告、被告双方の利益状況についてみてみることにする。
(二) 被告の状況
弁論の全趣旨によれば、(1) 本件において、顧客である被告が本件契約を締結した目的は、本件ゴルフクラブ入会に際して、真里谷に対して支払うべき預託金の立替払を原告に委託するという点にあり、かつ、それに尽きること、(2) 原告としては、ゴルフ預託金支払のための金融を得る目的で本件契約締結に及んだのであり、契約締結時点では、被告自身、この金融の目的を越えて、本件ゴルフ場が開場されない危険を原告に引き受けてもらうことまで期待していたわけではないことが認められる。そうだとすると、本件会員権取得時の後に発生した事柄を支払拒絶の事由に加えることは適当ではない。
被告は、前記第二、一、3記載のとおり特別縁故会員権を取得したのであり、開場間近に入会する場合に比べ、逢かに低廉な金額で本件ゴルフクラブに入会することができたのであり、その反面、未開場の危険を負担していると解するのが公平である。
(三) 原告の状況
原告は、被告との間で本件契約を締結し、真里谷に募集金額を代位弁済することによって、被告から分割払手数料という経済的利益を享受することになる。そして、被告が本件契約を締結する直前の平成二年二月一日の長期プライムレートは年7.5パーセントで推移していたところ、本件契約の実質年利は約7.8パーセントであり(甲七号証の1、2)、原告が本件契約で取得する利益は信用供与に対する対価としての意味を有するにすぎない。このような原告に、一〇年にも及ぶ分割金の支払期間を通じて販売会社である真里谷の債務不履行の責任を負わせるのは相当とも思われない。
また、原告としては、ゴルフ会員権の募集段階では、真里谷の行う募集活動について指導監督を行うことは不可能ではないが、会員募集及び入会手続が完了した後に至っては、真里谷のゴルフ場経営を継続的に監督できる立場にはない。その意味で、割賦購入あっせん業者である原告が、販売会社である真里谷と同様の責任を負担する根拠が認められるのは、会員募集当時、およそ真里谷がゴルフ場を開場させる可能性がないのに会員募集を行った場合において、原告がその客観的な状況を知り又は知りうべき立場にあったときに限られる。その後真里谷の経営及び経済状況の変化によって、相当な期間内の開場が困難になったとしても、原告が、真里谷と同じ責任を負わなければならないという根拠を見出すことは困難である。
(四) 以上のような原告、被告双方の事情を考慮すると、開場前のゴルフ場のゴルフクラブに入会した会員(被告)は、販売会社(真里谷)に生じている入会契約上の事由をもって、当然に割賦購入あっせん業者(原告)に対抗できるわけではなく、一定の事由に限定して対抗が認めるのが相当である。具体的には、割賦購入あっせん業者である原告が、割賦購入あっせん取引上、被告の本件会員権取得のための募集金額(入会金及び預託金)の金融を行っているにすぎないことに照らすと、「本件会員権取得について」、販売会社である真里谷に対して生じている事由に限り、原告への対抗が認められると解するのが相当であるということになる。
4 以上2、3のとおり、本件特約を前記1のとおり解することは、文理面からみても、実質面からみても支持できることが明らかとなった。そこで、本件特約③を、前記1のとおり、被告が、本件会員権を取得した時、本件ゴルフ場がその資金計画、用地買収の状況、許可等の状況から合理的に観察する限り、相当な期間内に開場することができない状態であったことなど入会に当たって、真里谷に対して主張し得る事由があることをさすとして、本件でこのような事由が存在したか否かをみてみる。
乙一八号証、四八号証、弁論の全趣旨によれば、真里谷は、被告が本件ゴルフクラブに入会した平成二年二月当時、真里谷カントリー倶楽部を開場させていたし、ザ・カントリー・クラブ・グレンモアについても建設工事を進めていたこと、本件ゴルフクラブが開場できなくなったのは、本件契約締結後の真里谷経営陣の杜撰な経営の結果によることが認められる。右認定事実に照らすと、本件特約③に該当する事実は存在しないということになる。
七 補論
以上の検討からも明らかなとおり、本件会員権の販売会社である真里谷のゴルフ場開場の著しい遅延は、本件特約①ないし③のいずれにも該当せず、被告の支払拒絶は理由がない。なお付言するに、当裁判所は、本件の商品である開場前のゴルフ入会契約に着目し、本件特約の解釈に当たっては、本件会員権取得時に存在する事由に限定したが、仮に、もう少し広く、取得時以降、販売会社である真里谷との間で生じた事由も含むとの立場をとったと仮定しても、被告の主張は理由がない。なぜなら、前記第二、一、6記載のとおり、真里谷は平成六年一二月、会社更生開始決定を受けており、被告らゴルフ会員等債権者は、真里谷に対して、右決定以後は、本件ゴルフ場の開場、利用に供すべきことを催告したり、それを前提に債務不履行責任を追及することができなくなった。そうだとすると、そもそも、被告は、真里谷に対して対抗する抗弁を主張し得ない以上、割賦購入あっせん業者である原告に対しても、支払拒絶等の抗弁を主張できないというべきである。被告の主張は、この点においても理由がない。
第四 結論
以上のとおり、原告の請求は理由があるので、これを認容することにする。
(裁判官難波孝一)